音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

日本ポップス伝2(13) マドロス歌謡の隆盛と衰退

1999年 大瀧詠一の日本ポップス伝2第四夜より

 本日はこの曲からいってみたいと思います。


 明治の演歌師が歌っていた神長瞭月さんの最後の方の録音なんですけれども、内容はいまでもそういう風刺が当てはまるという風潮がないとも言えませんね。明治から近代が始まったって簡単に言いますけれども、ここから近代になりますと始まるものではないわけですよね。長年にわたって人々の暮らしがあったわけですから、徐々に変化していくものですよね。新しいといっても、七五調ですよね。歌舞伎でも七五調なわけなんですね。新しいといってもなかなか言葉のリズムというものは変わらないですよね。今でも言葉のリズムはあまり変わっていませんよね。七五というと和歌ですし、『古事記』とか『日本書紀』も全部この形式ですよね。『サラダ記念日』という新しいものがでましたけれども、あれも七五で歌われていましたからね。だから、日本語にぴったりと合った形式なんだと思います。それで、今のような「オッペケペー節」のような歌があって、神長瞭月さんとかいろいろな人が出てくるんですけれども、フォークの高田渡さんが師と仰ぐ添田唖蝉坊さんという方に「ラッパ節」という曲があります。

 兵隊さんの歌ですね。起床ラッパとか、ラッパで起きたり寝たりしてたそうですからね。それでこのラッパ節というのが歌われて、添田唖蝉坊さんが作ったんですよ。面白いことに、メロディーはだんだん歌われて行って、替え歌がありますよね。それでいろいろな詞をのっけていくというのがありまして、このメロディーが次にどのように使われたのかといいますと、「奈良丸くずし」という歌があります。当時浪曲師で人気があった吉田奈良丸さんという人の節をちょっと崩したという意味だと思いますが、これをちょっと聞いてみましょう。


 内容は忠臣蔵の話ですね。次にこのメロディーがどのように変化をしていくのかというものがありまして、「青島節」というのがありますので、これを聞いてみたいと思います。


 最後の「なっちょらん」で「ナッチョラン節」という人もいるそうですけれども、こういう風にだんだん基本のメロディーが変化していくわけですね。そういうものが巷で歌われていて、そういうものが流行歌の中に入っていくということがあるんですね。昭和13年の上原敏さんの歌でございますが、「上海だより」。


 「ラッパ節」から「上海だより」になったという説なんですけれども、これは私の説ではないんです。堀内敬三さんに『ヂンタ以来』という本があるんですけれども、その中に書いてあります。この「上海だより」は便りシリーズといいまして、兵隊さんが出て行っていろいろなところから便りを書いてくるというシリーズ化されて、5、6作あったようですね。作曲家は三界稔さんといいまして、奄美大島出身の方なんですよ。この人は東洋音楽学校を出ていまして、上原敏さんにこういう曲を書いて、この後流行歌をたくさん作っていきますが、どこかに奄美的なものを感じられるのではないかと思います。上原敏さんは非常に人気がありまして、次にこの人の代表曲なんですけれども「波止場気質」というのがあるんですよ。


 バンジョーが入っていましたけれども、エレキがありませんから初期のジャズには必ずバンジョーが入っていたんですよ。バンジョーをフィーチャーするのはラグタイムとかいろいろありますけれども、ギターを横に置いて弾いたからスティールギターみたいで、こういうのがもう既にあって、これが歌謡曲の中に入ってきて、何故か波止場の、どうして海になるとスティールギターが入るのでしょうか。何か海の感じがするんですかね。ここで「波止場気質」という歌がでまして、ここからマドロス歌謡というものになっていきます。マドロスは船員さんですけれども、それをハイカラに言ったのだと思いますが、マドロス歌謡はすごく人気があったんですよ。基本的に海に出ていくというか外に出ていくという時代の気分も明治から始まってありましたからね。同じようなマドロス歌謡を歌った人に、田端義夫さんという方がいまして、通称ばたやんですけれども、「島の船唄」を聞いてみましょう。


 詞の内容を聞いていますと、船員さんでマドロスですけれども、船の船頭で暮らすのさって「船頭小唄」にあったテーマですよね。「船頭小唄」の場合は川で木造船ですよね。マドロスさんは海で鉄製といいますか、大きな船に変化していくわけですけれども、それがこういうマドロスものがヒットした原因の一つじゃないかと思います。それで、同じコンビが戦後に船に関係した代表曲を作っていますので、それを聞いてみましょう。


 これは「かえり船」と言いまして、特に復員する方が多かったのでそういう人達にはたまらなかったということで、「かえり船」から「戻り船」など船シリーズがじゃんじゃん作られました。田端義夫は出てくると「おーっす」って言うんですよ。最近このスタイルを踏襲したフォークから出た歌手がいますよね。堀内孝雄君がばたやんのスタイルを踏襲してるのではないかと思いますね。ギターを高めに抱えて堀内孝雄君もやりますよね。田端さんの二代目で。マドロスといいますと、上原敏さん、田端義夫さんのほかにマドロスを得意としていた人がいるんですけれども、マドロスと言えばこの人ということで、この人の名を岡晴夫さんでございます。「港シャンソン」。



 当時のブロマイドがありまして、まだテレビがありませんからブロマイドが飛ぶように売れたんですけれども、みんなマドロスさんの格好をしていますね。岡晴夫さんの人気はすごいものですよ。それで、作曲が上原げんとさんという方で、実家が蓄音機屋さんで、独学でギターやその他作曲を勉強して、岡晴夫さんと二人で流しをやっていました。明治の頃からの流しの伝統を受け継いでいるようなところで厄介になっていたそうですね。そこから出てきたということで、明治の演歌師と流しをやって歌謡曲を歌うとう意味合いでの演歌というものの結びつきはあるんですよね。歌う内容からサウンドスタイルは変わっていますけれども、そういようなことはあるようですね。さて、上原げんとさんが美空ひばりさんの曲を作ります。美空ひばりさんが取り上げるとそのジャンルは確立されたということがあるんですよね。上原げんとさん作曲で、作詞は石本美由起さん。このコンビはずいぶんいろいろな曲を書くんですけれども、石本さんはそののちに「悲しい酒」を書きますけれども、このコンビで「ひばりのマドロスさん」という曲を作りました。そのままですけれどもね。

 
 「縞のジャケツのマドロスさんはパイプ喫かしてタラップのぼる」とこれが非常にかっこよかった時代だったんですね。「赤いランタン」というメロディーとほとんど区別がつきませんけれども、同じジャンルですからね。イントロでかもめが鳴いていたでしょ。かもめもそろそろ入れていかないと。小物が徐々に増えていきますよね。次に、また同じコンビで美空ひばりさんのマドロスものの代表曲と言われている「港町十三番地」を作ります。


 イントロが妙な音がしていました。あれはバイオリンにピックアップをつけたんですね。エレキバイオリンですね。「なーがい旅路を」と随分長かったでしょ。二拍半ありますね。この後「函館の女」という歌が出てきて、「はーるばる」と四拍半もあるという。言語学者の金田一春彦さんによると、日本語は最初は二文字を言わないとだめだということで、一文字から始まるのは歌ではないということです。一文字だと何が始まるかわからなくて不安ではないかということがあるそうですよ。続いて、マドロスものを得意とした人に藤島桓夫さんという方がいまして、この方の「かえりの港」という曲を聞いてみたいと思います。


 ゆったりとした歌ですよね。アメリカでもリッキー・ネルソン (Ricky Nelson)という人が「Travelin' Man」という歌がありました。これは船乗りで各地に女の子がいるというテーマの歌ですけれども、この曲もそういうような曲のようですね。さきほど出てきましたばたやんのこのタイプの代表曲がありまして、それを聞いてみたいと思います。


 「島育ち」という曲でしたが、これが「上海だより」を作った三界稔さんが作っていますね。奄美の方で島育ちということだったようですね。ここ四五年前に「島唄」というのもありましたし、今は沖縄の方の音楽活動も活発ですけれども、三界さんはそれの先達だったと思いますね。さて、この辺の同じような世代に女性歌手がこのような歌を歌いました。


  三沢あけみさんで「島のブルース」。作曲は渡久地政信さんで、「上海帰りのリル」を作った人ですね。この方も沖縄の方なんですよ。ですから、三界さん、渡久地さんというように、常に沖縄の方で活躍されていた方がいるんですね。渡久地さんは代表曲は春日八郎さんの「お富さん」。この曲も、沖縄音階を感じさせるんですよね。その辺が面白いなとおもいましたけれども、これはマドロスというわけではなくて、海をテーマとするとどうしても島が出てきます。また、船が出てくるということで、いろいろなジャンルに広がりができますけれども、次の方のデビューヒットはこういう曲でございました。北島三郎さんでデビューヒットとなりましたところの「なみだ船」です。


 デビュー曲は「ブンガチャ節」という曲だったんですね。明治の演歌調の歌でコミックソング調なんですけれども、放送禁止になるんですね。ですから、こちらの「なみだ船」の方が事実上のデビューヒットということになったんですけれども、星野哲郎さんと船村徹さんというゴールデンコンビですね。北島さんは船村徹歌謡教室に通っていて、夜は流しをしていて、それでデビューしたということですね。船なりマドロスものなり海を歌ったテーマがありますけれども、これはお弟子さんの鳥羽一郎さんにつながっていると思いますね。こんなにみんながマドロスものを歌って、マドロスの格好をしていたんですけれども、途中からこのジャンルは一気に衰退します。たぶん、漁業の衰退と関係していると思いますね。また、歌を作るときの初期の頃に、中山晋平、すべてが中山晋平なわけですけれども、この人が船が出ていくということで「出船の港」というものがあります。藤原義江さんで聞いていただきます。


 中山晋平さんも「ドンとドンとドンと」と何度も言ってましたね。創作ですからね。その地方地方に漁業にかかわっている人の民謡はあったのだと思います。これは新しく作ったところの民謡ですからね。もう一曲あるんですよ。これが「鉾をおさめて」という曲です。

 
 鯨とりに行ってましたが、今は鯨をとると怒られますからね。中山晋平さんは「船頭小唄」みたいな川の歌も書き、こういう海の歌も書きましたけれども、近代日本は外国に出ていくような意味合いにおいて、木造から大型の戦艦を作るわけでして、やはりなんといっても一番最初の一番有名なところの近代の船の曲はこれだったんじゃないかと思います。「軍艦マーチ」。


 これまでは木造船で北前船や松前船で日本海なり太平洋なりに出たわけですね。あるいは川で漁業をしていたわけですけれども、世界に出ていきました。これが戦前編ということで、戦後になりますと平和な船になりますよね。昭和23年の歌で岡晴夫さんが歌っておりまして、作詞が石本美由起さんで、作曲が江口夜詩さんです。江口さんは海軍の軍楽隊の出身なんです。ですからこの曲はよく聞くとマーチなんです。しかも戦後ですから向かうところはハワイです。「憧れのハワイ航路」。


 自由に海外旅行ができませんでしたから、自由にできるようになったのは東京オリンピックの年で、本当に憧れだったんですよね。今でもみなさんハワイにたくさんいらっしゃってるのではないでしょうか。戦後、芸能人が正月をハワイで過ごすようになったのは、石原裕次郎さんが始めたスタイルなんですよね。始めたら、ほかの芸能人の方がみんな真似をするようになって、その後に一般の方も真似をするようになったということなんですね。こういう洋行の船もありますけれども、連絡船とかそういうようなものもできてくるんですね。その中に郵便船というのがありました。郵便も明治から始まりましたからね。それで船で運ぼうということで、「小島通いの郵便船」という曲が作られました。


 さきほど連絡船の話がありましたけれども、連絡船の歌も当然あるわけですよね。「連絡船の唄」を聞いてみましょう。


 これは戦中の曲でして、作曲は韓国の方なんですね。原曲は「連絡船は出ていく」という曲なんですよ。それを戦後に、青函連絡船のシチュエーションに置き換えたんですね。これが大ヒットしまして、これは菅原都々子さんという方の「連絡船の唄」で、この人にものすごく影響された歌手と曲がその後に現れます。


 都はるみさんの「涙の連絡船」ですけれども、当時ものまねの番組があって、都さんの菅原都々子さんのものまねが本当にうまかったんです。五木ひろしさんもうまくて、都さんと五木さんのものまねが楽しみで見てたんですよね。とにかくこの二人はうまいですね。都さんは「ばかっちょ出船」がありますね。「涙の連絡船」の途中で「今夜も汽笛が汽笛が汽笛が」というところがありますね。これはジャズピアニストの山下洋輔さんがこれが歌謡曲の味だと言ってましたね。僕が思うに、漫画的ですね。だんだん吹き出しが大きくなるところとか。脚色の在り方がそういう感じがするんですよね。これはなかなかない形式ですよね。繰り返す歌ってありますよね。三橋美智也さんの「哀愁列車」にも「惚れて惚れて惚れていながら」って惚れてが3回入るっていう風に、3回入るパターンも流行歌にあるんです。青函連絡船の話をしましたけれども、「津軽海峡冬景色」も青函連絡船をテーマにして大ヒットの最後なんでしょうね。昭和63年に青函連絡船は終わってもうないですからね。だから、連絡船はもうテーマにはならないとそういう時代ですよね。

 今日の一曲目は何だったか覚えてますか。「オッペケペー節」がなんで都はるみになるんだというと、「上海だより」なんですね。「オッペケペー節」から「上海だより」で「波止場気質」というマドロスものにメロディーが転化していってだんだん変化していったということだったんですね。メロディーに思想があるわけではありませんから、のっかってる言葉がそういう思想的な背景を作るわけです。あとは楽器なんか小物でアレンジしてそういう雰囲気を出しているんですけれども、大きくは歌詞が違っちゃうと同じメロディーでも違ってしまうということになるわけです。

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