アメリカン・ミュージックの系譜第十回 講師は大和田俊之氏です。
1、意義
・公民権運動と言った時に、1954年のブラウン対教育委員会裁判の最高裁の判決が出て、「分離すれど平等」という半世紀に渡って行われてきた人種差別的な政策が違憲であるという判断がされました。これによって公民権運動は一気に盛り上がって、キング牧師が出てきてということですね。1964年に包括的な公民権法が制定されます。この時代の黒人音楽で重要なものとして、ファンクがあります。
2、ファンクの成立
(1)、意義
・一般的にはジェームス・ブラウン(James Brown)という人が切り開いたジャンルと言われていますけれども、このファンクという音楽ジャンルの成立というか、これからジェームス・ブラウンの曲の変化に注目していきたいと思います。
(2)、デビュー当初のジェームス・ブラウン
・ジェームス・ブラウンは1956年にレコードデビューをしています。エルヴィス・プレスリーと同時代だと思ってください。最初は普通のR&Bの曲、Please, Please, Pleaseでデビューをしています。最初のPlease, Please, Pleaseは三連符を中心とするR&Bなんです。
(3)、ファンクの成立
・1960年のThinkあたりからだんだんリズムが跳ねるようになって、1965年のPapa's Got a Brand New Bagでついに三連符というかシャッフルビートと言ってもよいとおもうんですけれども、シャッフルビートを捨てていわゆる16ビートの音楽になっていきます。これがだいたい1960年代の半ばで、これがだいたいファンクミュージックの成立と言われているんですけれども、この時期の代表曲であるPapa's Got a Brand New Bagを聞いていただこうと思います。
1950年代半ばまで、ロックンロールまではアメリカのポピュラーミュージックの基本的なビートは三連符でした。それがロックになった時にエイトビートになっていくというアメリカの学者の説があります。しかし、ほぼ同じ時期に黒人音楽の方は、三連符だったものが16ビートになっていくわけです。ジャームス・ブラウンのファンクという音楽によって、一小節を16分割するという音楽が出てきます。今聞いてただいた曲の中で、楽器で重要なのはエレクトリックベースですね。今までベースはウッドベースが担当することが多かったわけですが、これがエレクトリックベースになっています。ウッドベースはサスティンが短いという言い方をしますが、弦をはじくと音がでてすぐ消えるわけですが、エレクトリックベースの場合は弦をはじくと一定の音が出ます。一定の音が出るということは、弦を触ると音がすぐに消えますから、音を細かく切りやすくなるわけです。これは、16ビートの細かいビートに適しているわけです。こういうわけで、ジェームス・ブラウンは一小節を16分割して、細かくリズムを刻んでいって、ある意味全ての楽器をリズム楽器として、リズムの網の目のような音楽を形成していくわけです。それをファンクというわけです。
(3)、ワンコードの音楽ファンク
①、ワンコードの音楽ファンク
・もう一曲1970年のSex Machineという曲を聞いていただきます。
Papa's Got a Brand New BagとSex Machineで何が違うのかというと、Sex Machineは基本的にはワンコードなんです。私は戦後のあらゆる音楽家の中でジェームス・ブラウンが一番重要な音楽家だと思っています。ジェームス・ブラウンがいなければヒップホップもないし、ハウスもテクノもないわけですね。後世に与えた影響という意味でもそうですけれども、ワンコードでヒット曲を作っていくということですよね。
②、コード進行を否定することの意味
・1959年にマイルス・デイヴィスが「Kind of Blue」というアルバムでモード奏法というものを始めます。モード奏法も和音の進行を極限まで減らすというか、基本的にはコード進行をしないという前提のもとでソロはどういうものが可能かということをマイルスは考えていたわけですけれども、1960年代後半に同じ黒人のミュージシャンが、しかもジェームス・ブラウンはより売れる、ヒットというものが求められる状況のもとで、和音一つで曲を量産していったいったということはとんでもないことだと思います。前衛的なことをするミュージシャンはいつの時代もいるわけですね。しかし、ジェームス・ブラウンはそれで次から次へとヒット曲を出していった、ポピュラリティーがきちんと伴っていたという意味で、本当に尋常ではないミュージシャンだったと思います。その意味で、マイルス・デイヴィスとジェームス・ブラウンが別のジャンルではあるんですけれども、同じ黒人音楽の中でコード進行というものを否定していった、コード進行というものがバッハに由来する機能和声的な西洋のクラシックの楽典的な音楽理論であるとすると、公民権運動のさなかに和音一つで音楽を作っていくとうことに、なんらかの黒人のアイデンティティーが関与しているのではないのかということが言えなくはないわけです。
③、三連符から16ビートになったことの意味
・もう一つ、三連符から16ビートになったといいましたが、「シャッフル」という言葉はアメリカの芸能史においては割と重要な意味を持っています。19世紀にミンストレル・ショーという白人の芸人が顔を黒塗りにしてステージ上で黒人のものまねをするという芸が非常に盛んであったんですね。その時の主な出し物の一つが、「シャッフル」と言って、足を引きづって歩くことが黒人っぽい身体所作であるとみなされて、お笑いのネタになっていたわけですね。このシャッフルが公民権運動の時に、黒人が自分達に押し付けられるステレオタイプの象徴としてこの「シャッフル」と言う言葉がとらえられるようになって、公民権運動の時にみんなが練り歩きながらやるコールする時に、「私達はもうシャッフルしない」というようなコールがサンフランシスコのデモなんかであったと言われております。つまり、三連符から16ビートになるということは、シャッフルからの離脱、白人から押し付けられた黒人のステレオタイプから逃れて、自分達自身のアイデンティティーを作っていくと解釈できなくもありません。